はじめに

アリの行列や水たまりで水を飲んでいるハト、公園にあるモグラの穴などがなぜか気になってしまうことはないでしょうか。自然に対する心のときめきを科学的に説明できるでしょうか。

本書では人間が生物に心惹かれるわけを、生物学の権威E・O・ウィルソンが自身の経験をもとに考察していきます。そして、科学が自然を解き明かしていくことの意味と自然保護の必要性について議論を発展していきます。
生物を志向する心という抽象的なテーマでありながら科学・文化を横断して論理的に検討されており、オカルトとは一線を画しています。
人文科学と自然科学の接点を探った良書です。

「バイオフィリアー人間と生物の絆」の目次とあらすじ

  • プロローグ
  • 1 ベルンハルツドルプ
  • 2 超生物
  • 3 タイムマシン
  • 4 極楽鳥
  • 5 詩的な種
  • 6 蛇
  • 7 適切な場所
  • 8 自然保護の倫理
  • 9 スリナム
  • 文献案内
  • 訳者あとがき

筆者と自然との関わりをめぐるエッセイとして進んでいきます。前半は人間が生物を嗜好する特性「バイオフィリア」を持っているわけを、後半は自然保護の倫理について人文科学と自然科学の両面から迫っていきます。各章でウィルソンと自然との(個人的な)関わりについてのエピソードがあり、独立したエッセイとしても読むことができます。

第8章「自然保護の倫理」で描かれるピグミーチンパンジーのカンジとの交流を描いた文章は、素朴でありながら人間が生き物とわかり合うことの幸福感を伝えています。

…カンジは手を伸ばし、おずおずと、だが優しく私の手に触れ、それからちょっと後ずさって、ふたたび私をしげしげと観察した。飼育員の女性が、私の分のグレープフルーツジュースのコップを手渡してくれた。私はそのコップを、乾杯でもするかのように掲げ、ひと口すすった。するとカンジが私の膝に登り、コップをとって、ジュースをあらかた飲み干したのだ。それから私たちは抱き合った。そのあと、部屋にいた全員で、カンジとボール遊びをしたり、追いかけっこをしたりして楽しい時間を過ごした。
第8章「自然保護の倫理」より引用

感想

自然保護について生物学的な見地から、自然の愛好家以外にも納得できるように主張されている点が本書の素晴らしいところです。25年前に出版されていることも驚きです。自然を大切にしなければならないことを感じてはいても、それが自分の利益にならなければ行動できないというのが人間の性なのではないでしょうか。そんな陳腐な反論にさえ丁寧に答えているところがウィルソンの偉大さであるように思います。
また、「人間は自然を開発するし、お互いに争い合う」という人間観は、生物としての人間の正しい記述ではないというウィルソンの信念には勇気付けられます。人間は自然を愛することができるし、守ることもできるのです。

自然を大切に思う心は個人的なものであるという通念が、環境保護を限定的なものにしてしまっているようにも感じます。環境保護は「したい人がすればいい」ものなのでしょうか。
人間も生物であり、他の生物との関わりを失っては生きていけないというウィルソンは警鐘は、都合の良い個人主義と終わりのない過剰消費がますます進む現代にこそ響くのではないでしょうか。