はじめに

旅先で出会った生きものは強く印象に残ります。

また、馴染みのない場所だからこそ、これまでの経験や知識を駆使して考えないと出会えないものもいます。

本書はもちろん、ただの旅行記ではありません。若手生物学者たちがそれぞれに研究テーマを持ってボルネオに渡っています。それでも、この本では旅先のハプニングや思いもよらなかった出会いなどが生き生きと描かれており、生物学者ではない私たちにもその嬉しさが伝わってくるのです。
1980年代のボルネオという遠く離れた場所の話ですが、1ページ目を読み始めた瞬間に、南国のキナバル山の麓に連れていかれます。

「ボルネオの生きものたち」の目次とあらすじ

  • プロローグ — 日高敏隆
  • カンポン・ブンシット。そしてチョウの体温調節 — 大﨑直太
  • チョウたちの熱帯 — 石井実
  • アンフリサスキシタアゲハとその生活 — 藤井恒
  • キナバル山に登る — 櫻井一彦
  • さまざまな甲虫たち — 常喜豊
  • 熱帯林の糞虫 — 近雅博
  • キナバル山麓にトカゲを追う — 疋田努
  • 熱帯の夜のカエルたち — 松井正文
  • あとがき — 日高敏隆
  • ボルネオ調査隊のメンバー一覧

ボルネオに4回にわたって訪れた8人の研究者たちの研究成果が、現地でのエピソードをふんだんに交えて語られます。

カンポン・ブンシット。そしてチョウの体温調節

ブンシットという村で行ったチョウの体温調節機構についての研究です。熱帯のチョウたちが日向や森の中など住んでいる場所によって異なった体温調節を行っていることを検証しました。また、現地のカダザン族の少年に実験器具を盗まれてしまったことから始まる彼らとの交流も楽しく描かれています。「タパイ」という地酒のレポートや飲みすぎて川に落ちてしまったエピソードなどどれも面白いです。

チョウたちの熱帯

ルリマダラやウスキシロチョウなど、熱帯のチョウの移動性についての研究です。年中暖かいボルネオのチョウがなぜ移動するのかという疑問を検証します。同種内で時期によって異なる性質を持つようになる「季節型」についての研究も行いました。

アンフリサスキシタアゲハとその生活

アンフリサスキシタアゲハは翅を広げると20cmにもなる大型のチョウです。調査のしやすさからこの蝶に目をつけた筆者が、「チョウはなぜ飛ぶか」というテーマで考えます。研究を行っていたセピロクの森に住む子どものオランウータン「サイ」にいたずらされてしまう話などがあります。

キナバル山に登る

サバ州にあるキナバル山にのぼりながら食虫植物について観察したレポートです。ウツボカズラは弱い酸性の液で昆虫を誘い、溶かして吸収してしまいます。そんなウツボカズラの液に耐性を持ったボウフラやそのボウフラを捕食するクモなど、植物の周りの生きものたちについても述べられます。

さまざまな甲虫たち

ボルネオに住む甲虫を追いかけた記録です。ライトトラップを仕掛けて三本角カブトムシを狙ったりします。熱ガスを噴射するゴミムシダマシという昆虫との格闘が面白いです。

熱帯林の糞虫

ファーブル昆虫記の第一巻でも取り上げられたフンコロガシの研究を行います。水牛のフンをさがし、素手でダイコクコガネを捕まえてしまうところはさすが昆虫学者です。前の章でも出てきたいたずら好きのオランウータン「サイ」に実験を邪魔されてしまいます。

キナバル山麓にトカゲを追う

キナバル山麓で熱帯のトカゲ採集に奔走する話です。日本では釣竿を使ってトカゲを「釣る」のですが、ボルネオの樹上性のトカゲにはなかなかそれが通用しません。空飛ぶトカゲ「トビトカゲ」など様々な種類のトカゲに出会いました。そしてその中のいくつかは新種だということがわかりました。

熱帯の夜のカエルたち

夜に活動するカエルたちを追った話です。カエルたちは似通った見た目をしていても、鳴き声の違いで別種と区別するようです。カエルの研究者はテープレコーダーを常に持って、鳴き声を録音しようと苦労します。日本では毒を持ち、ジャンプしないヒキガエルがボルネオでは飛び跳ねるわけについて考察していきます。

感想

生物学者たちが自分たちも楽しみながらボルネオの地で調査をしている様子が楽しい本でした。
現地で発見し、現地で考察することも多いのだとわかります。チョウについて研究するならば、チョウについて詳しいのはもちろん、周辺の生物や地理的な環境にも考えを巡らせる必要があるようです。その生きものが好きだからこそ研究方法を工夫したり、真夜中まで調査を続けたりすることができるのでしょう。
研究者同士の関わりも随所に出てきて楽しめました。ベテランの日高先生のお茶目な一面や、自分の研究テーマ以外の生きものを捕まえてきてくれる同僚など、普段知ることのできない研究者の世界を垣間見れました。

何人かの研究者が言及しているように、本書が書かれた時期のボルネオは、時に日本の技術指導の元で開発が進められて、元あった自然が破壊されていた時期でもありました。本書が出版されてから40年近くたった今、当時の若手研究者たちは現在のボルネオに対してどのような思いを抱いているのか気になりました。